【夢を叶える名言・格言集】
照ノ富士


病気やケガで車いすでいる時に

1日1日が
本当に自分の闘いというか、

必死に生きようとしている
自分がいた。

だからこそ、

1日の大切さというのは
その時に学びました。

照ノ富士

■照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお)
本名:杉野森 正山
 (すぎのもり せいざん)
帰化前:ガントルガ・ガンエルデネ
1991年11月29日生まれ
モンゴル国ウランバートル市出身
身長:192cm、体重:181kg、血液型:O型
得意技:右四つ・寄り

2007年 母と日本に観光旅行をした時に、
 相撲部屋関係者に声をかけられ
 稽古を見学した。
17歳で技術大学に合格後、
 相撲留学を決断。
2009年 来日し鳥取城北高校に編入
2010年 間垣部屋に入門
2011年5月技量 審査場所 初土俵
2013年 間垣部屋が閉鎖され
 伊勢ヶ濱部屋に移籍
2013年9月場所 新十両
2014年3月場所 新入幕
2015年3月場所 新三役
2015年7月場所 新大関
2021年9月場所 新横綱

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照ノ富士・名言


結果はあとから付いてくる。


いろんなことがあったけれど、

こうやって笑える日が
来ると信じてやってきた。


一生懸命やれば
いいことがあると思っていた。

やめなくてよかった。


成績を残すだけが横綱じゃない、と。

みんなが認めてくれるかどうか、です。


横綱になりたいから、
なれることでもないし、

だからこそ経験したい。


世間が横綱だと
認めてくれて初めて、

『俺は横綱になったんだ』と
自分でも思えるようになる。


認めてくれなかったとしたら、
『まだ横綱にはなれてないんだ』と。

それは常々思っています。


『人の3倍努力する』と決めて、

鍛えてきました。


今まで通りやってもだめ。

これまで以上に努力していきたい。


何事にも責任を持て、と。

良いことがあっても、
悪いことが起きても、

それは全て
自分の責任と思って

行動しなければいけない、
という言葉ですね。

これは常々言われています。


常に痛みと
付き合いながらやっている。

我慢できそうな痛みか、
我慢できそうじゃない痛みか。

みんな痛みを抱えながらやっている。
苦しいですよ。


糖尿病、C型肝炎、腎臓結石
といった

内臓疾患も相次いで発症。

この当時は医者にも

『このままいったら
2年近くで死にますよ』

って言われて
相撲どころじゃない状況だった。


体は限界まできていました。

こんな酷い状態が続いたら、

『何年か後には死ぬんだろうな』
と思ったくらい、

苦しみました。


病気やケガで車いすでいる時に

1日1日が
本当に自分の闘いというか、

必死に生きようとしている
自分がいた。

だからこそ、

1日の大切さというのは
その時に学びました。


自分のなかでは、

『怪我だけだったら
もっと早く乗り越えることはできた』

と思いますよ。

でも病気が重なってくると、

体に力が入らないし、
怪我の治りも遅くなる。


やめようと思ったことは、
何度もありましたよ。

大関がここまで落ちたわけだから、

『やめなくちゃいけない』
という気持ちも。

実際、親方に5~6回は

『引退させてください』と
言いに行きました。


つらいのは慣れていますから。


どんな大横綱や大関でも
味わっていない、

楽しさや苦しみを味わった。

それをプラスに感じて、

相撲人生を2度楽しむ感覚で
やっていきますよ。


落ちているときに
応援してくれた方々に、

恩返しをしなければ
いけないと思っていた。


お相撲さんは土俵の上で

一生懸命戦っている姿を見せるのが
恩返し。


今の自分のできることだけを
やりました。

出し切って負けているので、
まだ自分が弱い。


終わったことは終わったこと。

これからのことを考えるだけ。
前向きに考えないと。


いつも通り、
やってきたものを信じて

土俵に上がった。


「品格」は
人それぞれ考え違うと思うし、

自分の生き方で
証明していきたい。


緊張したことがないんですよ。

その時、初めて
フワフワ感というか、

体が震えるというか。

自分がどんな相撲を取ったのか
まったく覚えていない。

ああ、これが
緊張なんだな、と思いました。


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