【夢を叶える名言・格言集】
錦織 一清


ダイレクトに届くもの、
胸に響くものを

作りたいよね。

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錦織 一清

■錦織 一清(にしきおり かずきよ)
1965年5月2日生まれ。
東京都出身、血液型:O型。
少年隊のメンバー。

1977年 ジャニーズ事務所に入所。
1982年 東山紀之植草克秀
 「少年隊」を結成。
1985年 「仮面舞踏会」で
 レコードデビュー。
1986年 NHK紅白歌合戦に初出場し、
 以後8年連続出場。
1986年-2008年 23年連続で
 少年隊としてミュージカル
 「PLAYZONE」に主演。
2020年9月20日 ジャニーズ事務所を退所。
その他、ドラマ、映画、CMなど、
数々の作品に出演。

錦織 一清・名言


「少年隊の錦織」と
自己紹介したときに、

少年隊という名前を
認識していただいていることが多い。

名刺代わりになっている。


僕らは、
味覚も性格も全く違う3人。

合コンでタイプの女の子が同じで、
もめちゃうようなことがない。

取っ組み合いの
ケンカもしたことがない。


楽器に例えると、

ヒガシが
リズムやベースラインを
キープしてくれるベースギター。

僕は目立ちたがりだから、

ヒガシのベースに乗っかる
リードギター。

植草は間に入って穏やかに
音をミックスさせる鍵盤楽器。


おじいちゃんになっても
腰の曲がった3人が

なんとなくステップを
踏んでいたらかっこいい。

「おじいちゃんたちが踊るの!?」

って子供たちを
びっくりさせたい。


少年隊でデビューする前から、

自分で自分をずっと
演出してやってきた。

ワンマンだったかも
しれないけど、

曲のイントロ、
コンサートの自分のソロ場面も

全部、やっていたんだよね。


ジャニーさんに出会ったのが、

ひとつの
ターニングポイントかな。


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正直、ジャニーズとか、
あんまり関係ないね。

ただ、俺は
退屈が嫌いなんだよね。

心理的に退屈しない

舞台を作りたい、
って思いはある。

その中でも観客の心に
ダイレクトに届くもの、

胸に響くものを作りたいよね。


稽古場で物を作っている時は
なんか落ち着くんだよね。

テレビ局とか行くと、

自分が自分で
いられなくなる感じというか。

テレビの世界は今、俺を
必要としていないのかもしれない。

でも俺は今、舞台で
必要とされているし、

だからこの仕事を続けている。
いつまでも潔くありたいね。


僕はツキがあるらしく、
演出の仕事が続いて、

芝居の仕事をやりたいなと
思ったときにお話をいただける。

お芝居と結婚式だけは

「出てくれ」と言われないと
出られないですから。

ジャニーさんへ


去年私自身父親が亡くなり、
今年同じ六月にジャニーさんが倒れ、

およそこの一年の間に
父親を二人失った気持ちでございます。

いつも冗談ばかりで
人を楽しませようとしている姿が、

うちの親父そっくりでした。

怒られたことは
勿論数知れずありますが、

目を瞑ると出て来るのは
優しい笑顔のジャニーさんです。

僕の今の人生は、

ジャニーさんとメリーさんに
頂いたものです。

これからの人生を、
大切に大切に生きて行こうと思います。


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